呻吟語 / 外篇・天地・漢儒の穿鑿附會
陰陽征應,自漢儒穿鑿附會,以為某災樣應某政事,最迂。
新字:陰陽征応,自漢儒穿鑿附会,以為某災様応某政事,最迂。
書き下し
陰陽の征應は、漢儒の穿鑿附會して、以て某の災樣は某の政事に應ずと為すより、最も迂なり。
現代語訳
陰陽のしるしと応えについては、漢の儒者がこじつけて、この災いはあの政事に対応すると言い出してから、最も回りくどいものになりました。
解説
災異と政治を一対一で結びつける説を、こじつけだと切り捨てます。漢代に盛んだった災異説への批判で、当時としては大胆な立場です。次の段で、ではどう考えるべきかが詳しく述べられます。天のしるしを読む文化そのものは否定しないまま、対応表を作ることだけを退けた形になっています。天のしるしを読む文化は否定せず、対応表だけを退けています。
この章句が説くこと
災異こじつけ漢儒批判対応
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