呻吟語 / 外篇・天地・嚴寒は斂氣なり
濕溫,沖和之氣也;濕熱,蒸發之氣也;燥熱,燔灼之氣也;淒涼,殺氣,陰壯而陽微也,嚴寒,斂氣,陰外激而陽內培也。
新字:湿温,沖和之気也;湿熱,蒸発之気也;燥熱,燔灼之気也;淒涼,殺気,陰壮而陽微也,厳寒,斂気,陰外激而陽内培也。
書き下し
濕溫は、沖和の氣なり。濕熱は、蒸發の氣なり。燥熱は、燔灼の氣なり。淒涼は、殺氣にして、陰壯んにして陽微なり。嚴寒は、斂氣にして、陰外に激して陽內に培ふなり。
現代語訳
湿って温かいのは、調和した気です。湿って熱いのは、蒸し立てる気です。乾いて熱いのは、焼き焦がす気です。冷え冷えとしたのは殺す気で、陰が盛んで陽が弱い状態です。厳しい寒さは収める気で、陰が外を激しく打ち、陽が内で培われている状態です。
解説
前の段の五気に、それぞれの中身を与えます。とくに最後の二つの違いが要点で、冷えは陽が弱っている状態、厳寒は陽が内に蓄えられている状態です。外から見ればどちらも寒いのに、内側で起きていることは正反対。同じ厳しさでも、衰えなのか蓄えなのかを見分けよという含みが読み取れます。同じ厳しさでも、衰えか蓄えかを見分けよという含みです。
この章句が説くこと
陰陽厳寒収斂内外見分け
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