呻吟語 / 内篇・養生・五閉は德を養ひ生を養ふの道
五閉,養德養生之道也。或問之曰:「視、聽、言、動、思將不啟與?」曰:「常閉而時啟之,不弛於事可矣。此之謂夷夏關。」
新字:五閉,養徳養生之道也。或問之曰:「視、聴、言、動、思将不啟与?」曰:「常閉而時啟之,不弛於事可矣。此之謂夷夏関。」
書き下し
五閉は、德を養ひ生を養ふの道なり。或るひと之を問ひて曰く、「視・聽・言・動・思は將に啟かざらんとするか」と。曰く、「常に閉ぢて時に之を啟き、事に弛まざれば可なり。此れを之れ夷夏の關と謂ふ」と。
現代語訳
五つを閉ざすことが、徳を養い生を養う道です。ある人が問いました。見る、聞く、言う、動く、思うを、開かないままにするのですか。答えて言う。常に閉じておいて時に応じて開き、事に緩みが出なければよいのです。これを文明と野蛮の関門と言います。
解説
五官と思いを閉じることを養生の道とします。しかし完全に閉じるのではなく、常時は閉じて必要な時だけ開く。既定値を閉に置くという考え方です。そして開きっぱなしか閉じられるかを、文明と野蛮の分かれ目と呼びます。前に出てきた、口には門が必要だという段の、五つに広げた形になっています。既定値を閉に置くという、考え方になっています。
この章句が説くこと
五閉感覚既定開閉養生
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