呻吟語 / 内篇・談道・習ひは慎まざる可からず
威儀養得定了,才有脫略,便害羞赧;放肆慣得久了,才入禮群,便害拘束。習不可不慎也。
新字:威儀養得定了,才有脫略,便害羞赧;放肆慣得久了,才入礼群,便害拘束。習不可不慎也。
書き下し
威儀養ひ得て定まらば、才かに脫略有れば、便ち羞赧を害す。放肆慣れ得て久しからば、才かに禮群に入れば、便ち拘束を害す。習ひは慎まざる可からざるなり。
現代語訳
立ち居振る舞いを養って身についていれば、少しだらしなくしただけで、すぐ恥ずかしくなります。勝手気ままに慣れて長くなれば、少し礼儀の場に入っただけで、すぐ窮屈になります。だから習慣は慎まないわけにいきません。
解説
習慣が人の感覚そのものを作り替えることを、恥ずかしさと窮屈さという二つの体感で示します。同じ場に入っても、それまでの習慣次第で苦しくなる方向が逆になる。善悪の説教ではなく、身体の反応の話として語られているので反論しにくい一段です。何を続けるかは、意志ではなく後の自分の居心地を決める選択だと分かります。
この章句が説くこと
習慣威儀放縦体感慎み
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