呻吟語 / 内篇・談道・養ふの義、大なる哉
以虛養心,以德養身,以善養人,以仁養天下萬物,以道養萬世。養之義,大矣哉!
新字:以虚養心,以徳養身,以善養人,以仁養天下万物,以道養万世。養之義,大矣哉!
書き下し
虛を以て心を養ひ、德を以て身を養ひ、善を以て人を養ひ、仁を以て天下萬物を養ひ、道を以て萬世を養ふ。養ふの義、大なる哉。
現代語訳
空しさによって心を養い、徳によって身を養い、善によって人を養い、仁によって天下万物を養い、道によって万世を養います。養うという言葉の意味は、なんと大きいことでしょうか。
解説
養うという一語を、心から万世まで五段に伸ばしてみせます。順に範囲が広がり、養う手立ても虚から道へと変わっていく。注目したいのは出発点で、心を養うのに使うのは知識でも意欲でもなく虚、つまり空けておくことです。何かを詰め込むのではなく、余白を保つところから始まる。養うとは足すことではないという含みがあります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
養う虚徳仁道
関連する章句
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『新書』道德說物の道とし始むる所、之を道と謂い、得て以て生ずる所、之を徳と謂う。徳の有するや、道を以て本と為す、故に曰く「道なる者は、徳の本なり」と。徳は物を生じ又物を養えば、則ち物は安利なり。物を安利にする者は、仁の行なり。仁の行は徳より出づ、故に曰く「仁なる者は、徳の出づるなり」と。徳は理を生じ、理立てば則ち宜有り、適う之を義と謂う。義なる者は、理なり、故に曰く「義なる者は、徳の理なり」と。徳は物を生じ、又之を養長して離れず、得て以て安利なり。徳の物に遇うや忠厚なり、故に曰く「忠なる者は、徳の厚きなり」と。徳の忠厚なるや、信固くして易わらず、此れ徳の常なり。故に曰く「信なる者は、徳の固きなり」と。徳は道より生じて理有り、理を守れば則ち道に合し、道と理と密にして離れず、故に能く物を畜い物を養う。物は仰ぎて徳を恃まざる莫し、此れ徳の高きなり、故に曰く「密なる者は、徳の高きなり」と。道して失う勿ければ、則ち道有り。得て之を守れば、則ち徳有り。行い休む無き有れば、則ち行成る。故に曰く「道此れ之を道と謂い、徳此れ之を徳と謂い、行此れ之を行と謂う」と。諸の此の言は、徳の変を尽くす。変なる者は、理なり。
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『弁名』仁且つ先王は聡明睿知の徳有りて、礼楽を制作し是の道を立て、天下後世をして是に由らしむ。而して後の君子奉じて以て之を行ふ。是れ聡明睿知の徳有りと雖も、将た安んぞ之を用ひん。且つ先王の是の道を立つるや仁を以てす。故に礼楽刑政仁に非ざる者莫し。是を以て苟も仁人に非ざれば、何を以て能く先王の道に任じて以て天下の民を安んぜんや。故に孔門の教へは、仁を以て至りと為し、仁に依るを以て務めと為して、復た聖人と為らんことを求めざるは、古の道爾りと為す。孟子曰く、「仁なる者は人なり。合はせて之を言へば道なり」と。夫れ道は先王に属し徳は我に属す。唯だ仁に依りて後に道と我と得て合ふべし。此れ古来相伝ふるの説なり。
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『長短経』定名夫れ道なる者は、人の蹈む所なり。居りては為す所を知り、行きては之く所を知り、事えては乗ずる所を知り、動きては止まる所を知る。之を道と謂う。〔又た曰く、道なる者は、人の蹈む所にして、万物をして其の由る所を失わざらしむるを謂うなり。〕徳なる者は、人の得る所なり。人をして各々其の欲する所を得しむる、之を徳と謂う。仁なる者は、愛なり。利を致し害を除き、兼ねて愛して私無き、之を仁と謂う。〔又た曰く、仁なる者は、人の親しむ所にして、慈悲惻隠の心有りて、其の生成を遂げしむ。〕
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『弁名』性情才仁斎先生務めて仁義礼智の性に非ざるを言ふ。善く孟子の意を獲と謂ふべきのみ。孟子固より仁義礼智心に根ざすを以て性と為し、仁義礼智を以て性と為すに非ず。然れども其の説、本と内外を争ひ門戸を立つるに出づ。其の告子と之を争ふを観れば、議論泉のごとく湧き、口言を択ばず、務めて人を服して而る後に已む。其の心も亦た安んぞ後世に宋儒の災有るを知らんや。是れ其の褊心の使む所、乃ち其の責を辞する能はざる者有り。夫れ仁智は徳なり。礼義は道なり。皆先王の立つる所なり。孟子も亦た先王人の性に率ひて以て道徳を立つと謂ふのみ。仁斎先生四者を以て徳と為すも、亦た非なり。
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『弁道』第七則孔子の「徳に拠り、仁に依る」と曰ふが如き、人各〻其の性の徳に拠りて之を失はず。性の徳は多端なりと雖も、皆仁を害せず。祇だ未だ養ひて之を成すこと能はず、故に道に悖る。養ふの道は、仁に依り芸に游ぶに在り。依るとは「声は永に依る」の依の如きなり。楽声は必ず詠歌と相依り、清濁之を以てし、節奏之を以てす。依るの謂なり。仁に依るも亦た爾り。人各〻其の徳に拠ると雖も、亦た必ず先王の天下を安んずるの道に和順して、敢へて之に違はず。然る後に以て各〻其の徳を成すに足る。此れ孔門の教へなり。大氐先王孔子の道は、皆運用営為する所有りて、其の要は養ひて以て成すに在り。然るに後人迫切の見、急に仁を以て一切を尽くさんと欲す。是を以て跳りて理に之かざるを得ず。而して其の説を究むれば、乃ち浮屠の法身一切に徧きの帰に過ぎず。悲しいかな。
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『初学訓』巻之一一天地の大徳をうけて、人の心に生れつきたる徳を、名づけて仁といふ。徳とは、生れつきて、我が物にし得たる善をいふ。仁は、即ち人の心に備はれるあはれみめぐみの徳なり。是、人となれる者の、天にうけたる性なり。此心を失はずして、人をあはれみ、物をめぐむをいふ。此理をうまれつきたるを、性といふ。此心を失はざるは、天地にしたがひてつかへ奉る道なり。もし此心を失へば、即ち天地の御心に背きて、人の道を失ふなり。