呻吟語 / 内篇・應務・如之何と必自成
天下無難處之事,只消得兩個「如之何」;天下無難處之人,只消得三個「必自成」。
新字:天下無難処之事,只消得両個「如之何」;天下無難処之人,只消得三個「必自成」。
書き下し
天下に處し難きの事無し、只だ兩個の「如之何」を消得す。天下に處し難きの人無し、只だ三個の「必自成」を消得す。
現代語訳
天下に処しがたい事はありません。ただ二つの、どうしようかという問いで足ります。天下に処しがたい人はいません。ただ三つの、必ず自分から成るという言葉で足ります。
解説
事と人への対処を、それぞれ古典の一句に還元します。事には孔子の、どうしようかどうしようかと言わない者は手の施しようがないという言葉。人には孟子の、自分を反省して誠であればという筋です。数を添えているのが面白く、二つと三つで足りると言い切ります。難題の少なさを、手数の少なさで示した一段です。難題の少なさを、手数の少なさで示した一段です。
この章句が説くこと
難題問い自省手数還元
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