呻吟語 / 内篇・應務・人の情を悉くし、事の理を悉くす
處人不可任己意,要悉人之情;處事不可任己見,要悉事之理。
新字:処人不可任己意,要悉人之情;処事不可任己見,要悉事之理。
書き下し
人に處するは己が意に任す可からず、人の情を悉くするを要す。事に處するは己が見に任す可からず、事の理を悉くするを要す。
現代語訳
人に接するには自分の考えに任せてはならず、相手の情を汲み尽くすことが必要です。事に処するには自分の見方に任せてはならず、事の理を汲み尽くすことが必要です。
解説
人と事について、自分の側を判断の根拠にするなと言います。人には相手の情、事には事の理。どちらも自分の外にあるものを基準にせよという構えです。前に出てきた、自分が事のほうへ寄れという段と同じ主張で、こちらは人と事に分けて対句にされており、覚えやすい形になっています。自分の外にあるものを基準にせよ、という構えです。覚えやすい対句の形に整えられています。

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人情事理外部基準対句
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