呻吟語 / 内篇・應務・禮義の中を識る
學者處事處人,先要識個禮義之中。正這個中正處,要析之無毫釐之差,處之無過不及之謬,便是聖人。
新字:学者処事処人,先要識個礼義之中。正這個中正処,要析之無毫釐之差,処之無過不及之謬,便是聖人。
書き下し
學者の事に處し人に處するは、先づ個の禮義の中を識るを要す。正に這個の中正の處は、之を析つに毫釐の差無く、之に處するに過不及の謬無きを要す。便ち是れ聖人なり。
現代語訳
学ぶ者が事に処し人に接するには、まず礼義のちょうど中というものを知る必要があります。まさにこの中正のところは、分けるのに毛筋ほどの差も無く、処するのに行きすぎも足りなさも無い。それでこそ聖人です。
解説
事にも人にも、まず中を知れと言います。そして中の精度が示されます。分けるのに毛筋の差も無く、処するのに過不足も無い。この精度に達した者が聖人だとされるので、到達点としては遠い。しかし先に知るべきだとされているのは方向であって、その場に立つことではありません。前に出てきた、蓋と器がぴたりと合う話と同じ精度観です。
この章句が説くこと
中精度礼義過不及方向
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