呻吟語 / 内篇・應務・淡然として之に安んず
或問:「怨尤之念,底是難克,奈何?」曰:「君自來怨尤,怨尤出甚的?天之水旱為虐不怕人怨,死自死耳,水旱白若也;人之貪殘無厭不伯你尤,恨自恨耳,貪殘自若也。此皆無可奈何者。今且不望君自修自責,只將這無可奈何事惱亂心腸,又添了許多痛苦,不若淡然安之,討些便宜。」其人大笑而去。
新字:或問:「怨尤之念,底是難克,奈何?」曰:「君自来怨尤,怨尤出甚的?天之水旱為虐不怕人怨,死自死耳,水旱白若也;人之貪残無厭不伯你尤,恨自恨耳,貪残自若也。此皆無可奈何者。今且不望君自修自責,只将這無可奈何事悩乱心腸,又添了許多痛苦,不若淡然安之,討些便宜。」其人大笑而去。
書き下し
或るひと問ふ、「怨尤の念、底だ克ち難し。奈何」と。曰く、「君自來怨尤す。怨尤して甚をか出だす。天の水旱虐を為すは人の怨むを怕れず、死は自ら死するのみ、水旱は自若たり。人の貪殘厭く無きは你の尤むるを怕れず、恨は自ら恨むのみ、貪殘は自若たり。此れ皆な無可奈何なる者なり。今且く君の自ら修め自ら責むるを望まず、只だ這の無可奈何の事を將て心腸を惱亂し、又た許多の痛苦を添ふ。淡然として之に安んじ、些かの便宜を討むるに若かず」と。其の人大笑して去る。
現代語訳
ある人が問いました。怨み咎める心は、どうにも克ちがたい。どうすればよいですか。答えて言う。あなたはこれまで怨み咎めてきた。怨み咎めて何が出てきましたか。天の水害や日照りが害をなすのは、人が怨むのを恐れません。死ぬ者は死ぬだけで、水害も日照りも元のままです。人の貪りと残酷さに際限が無いのも、あなたが咎めるのを恐れません。恨む者は恨むだけで、貪りも残酷さも元のままです。これらはみなどうにもならないことです。今はあなたが自分を修め責めることまでは望みません。ただ、このどうにもならない事で心を掻き乱し、さらに多くの苦痛を足している。あっさりと受け入れて、いくらかの得を取るほうがましでしょう。その人は大笑いして去りました。
解説
この章句が説くこと
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