呻吟語 / 内篇・存心・但だ善を為して惡を為さず、天の禍福に憑る
處世莫驚毀譽,只我是,無我非,任人短長;立身休問吉凶,但為善,不為惡,憑天禍福。
新字:処世莫驚毀誉,只我是,無我非,任人短長;立身休問吉凶,但為善,不為悪,憑天禍福。
書き下し
世に處るには毀譽に驚く莫かれ。只だ我是なれば、我に非無し、人の短長に任す。身を立つるには吉凶を問ふを休めよ。但だ善を為して惡を為さず、天の禍福に憑る。
現代語訳
世に処するには、そしりや誉れに驚いてはなりません。ただ自分が正しければ自分に誤りはなく、人があれこれ言うのは任せておけばよい。身を立てるには、吉か凶かを問うのをやめなさい。ただ善を行って悪を行わず、天の与える禍福に任せておけばよい。
解説
外の評価と占いという、二つの当てにならないものが同時に退けられます。そしりや誉れは人に任せ、吉凶は天に任せる。どちらも自分の手の届かない領域だという整理です。そして手元に残るものが示される。自分が正しいかどうか、善を行うか悪を行うか。自分で決められることと決められないことを分ける、実際的な線引きになっています。
この章句が説くこと
毀誉吉凶任天線引自分
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『呻吟語』内篇・修身・我は只だ我が司を理會す禍福なる者は、天之を司る。榮辱なる者は、君之を司る。毀譽なる者は、人之を司る。善惡なる者は、我之を司る。我は只だ我が司を理會す。別個は都て照管する莫かれ。
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