呻吟語 / 内篇・應務・四つの應
施者不知,受者不知,誠動於天之南,而心通於海之北,是謂神應;我意才萌,彼意即覺,不俟出言,可以默會,是謂念應;我以目授之,彼以目受之,人皆不知,商人獨覺,是謂不言之應;我固強之,彼固拂之,陽異而陰同,是謂不應之應。
新字:施者不知,受者不知,誠動於天之南,而心通於海之北,是謂神応;我意才萌,彼意即覚,不俟出言,可以黙会,是謂念応;我以目授之,彼以目受之,人皆不知,商人独覚,是謂不言之応;我固強之,彼固払之,陽異而陰同,是謂不応之応。
書き下し
施す者知らず、受くる者知らず、誠天の南に動きて、心海の北に通ず。是れを神應と謂ふ。我が意才かに萌せば、彼の意即ち覺る。言を出だすを俟たずして、以て默會す可し。是れを念應と謂ふ。我目を以て之に授け、彼目を以て之を受く。人皆な知らず、商人獨り覺る。是れを不言の應と謂ふ。我固より之を強ひ、彼固より之を拂ふ。陽に異にして陰に同じ。是れを不應の應と謂ふ。
現代語訳
施す者も知らず、受ける者も知らず、誠が天の南で動けば心は海の北に通じる。これを神の応と言います。こちらの意が芽生えた途端、相手の意が気づく。言葉を出すまでもなく黙って通じ合う。これを念の応と言います。こちらが目で渡し、相手が目で受ける。誰にも分からず当人だけが気づく。これを言わざる応と言います。こちらは押し、相手は拒む。表向きは違っていて内では同じ。これを応じない応と言います。
解説
通じ合い方を四段に分けます。互いに知らないまま通じる神の応、意の芽生えで通じる念の応、目配せで通じる不言の応、そして表で対立しながら裏で一致する応じない応。最後の一つが特異で、公然と反対することが実は連携になっている場合を指します。人と通じる形の幅を示した一段です。人と通じる形の幅を、四段で示した一段です。
この章句が説くこと
感応無言目配せ対立連携
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