墨子 / 尚同下
然計得下之情將奈何可?故子墨子曰:「唯能以尚同一義為政,然後可矣。何以知尚同一義之可而為政於天下也?然胡不審稽古之治為政之説乎。古者,天之始生民,未有正長也,百姓為政若茍百姓為政是一人一義,十人十義,百人百義,千人千義,逮至人之衆不可勝計也,則其所謂義者,亦不可勝計。此皆是其義,而非人之義,是以厚者有鬬,而薄者有争。是故天下之欲同一天下之義也,是故選擇賢者,立為天子。
新字:然計得下之情将奈何可?故子墨子曰:「唯能以尚同一義為政,然後可矣。何以知尚同一義之可而為政於天下也?然胡不審稽古之治為政之説乎。古者,天之始生民,未有正長也,百姓為政若茍百姓為政是一人一義,十人十義,百人百義,千人千義,逮至人之衆不可勝計也,則其所謂義者,亦不可勝計。此皆是其義,而非人之義,是以厚者有鬬,而薄者有争。是故天下之欲同一天下之義也,是故選択賢者,立為天子。
書き下し
然らば下の情を得るを計るに將に奈何せば可ならんとするか。故に子墨子曰く、「唯だ能く尚同一義を以て政を為して、然る後に可なり。何を以て尚同一義の可にして天下に政を為すを知るや。然らば胡ぞ古の治めて政を為すの説を審らかに稽えざるや。古者、天の始めて民を生ずるや、未だ正長有らざるなり。百姓、政を為す。若し茍くも百姓、政を為さば、是れ一人一義、十人十義、百人百義、千人千義なり。人の衆きこと勝げて計う可からざるに逮び至れば、則ち其の義と謂う所の者も、亦た勝げて計う可からず。此れ皆な其の義を是として、人の義を非とす。是を以て厚き者は鬬有り、而して薄き者は争有り。是の故に天下の一天下の義を同じくせんと欲するなり。是の故に賢者を選擇し、立てて天子と為す。
現代語訳
では下の実情をつかむにはどうすればよいのか。墨子が言った。「ただ尚同によって義を一つにする政治を行って、はじめて可能になる。なぜ義を一つに揃えることが天下の政治にとって適切だと分かるのか。ならば昔の治め方について、はっきりと調べてみないのか。むかし天がはじめて民を生んだとき、まだ長はいなかった。百姓が各自で判断していた。もし百姓が各自で判断すれば、一人いれば一つの義、十人いれば十の義、百人いれば百の義、千人いれば千の義がある。人が数え切れないほど多くなれば、義と呼ばれるものも数え切れなくなる。誰もが自分の義を正しいとし、他人の義を間違いとする。だから度合いの重い者は闘い、軽い者は争う。だから天下は天下の義を一つにしようと望むのだ。だから賢者を選び、立てて天子とした」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚同上子墨子言いて曰く、古者、民、始めて生じて未だ刑政有らざる時、盖し其の語、人ごとに義を異にす。是を以て一人なれば則ち一義、二人なれば則ち二義、十人なれば則ち十義。其の人、滋いよ衆ければ、其の義と謂う所の者も亦た滋いよ衆し。是を以て人は其の義を是として、以て人の義を非とす。故に交ごも相い非とし是とするなり。内なる者は父子兄弟、怨惡を作し、離散して相い和合する能わず。天下の百姓、皆な水火毒藥を以て相い虧害し、餘力有るに至るも以て相い勞う能わず。餘財を府列するも以て相い分かたず、良道を隠匿するも以て相い教えず。天下の亂るること、禽獸の若く然り。
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易経・彖伝睽(けい)は、火動きて上り、沢動きて下る。二女同居して、其の志行を同じくせず。説(よろこ)びて明に麗(つ)き、柔進みて上行し、中を得て剛に応ず。是を以て小事に吉なり。天地睽(そむ)きて其の事同じきなり。男女睽きて其の志通ずるなり。万物睽きて其の事類するなり。睽の時用大なるかな。
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『墨子』節葬下今、昔者の三代の聖王の既に沒せしに逮び至りて、天下、義を失う。後世の君子、或いは厚葬久喪を以て仁と為し、義と為し、孝子の事と為す。或いは厚葬久喪を以て仁義に非ず、孝子の事に非ずと為す。曰く、二子なる者は、言は則ち相い非とし、行いは即ち相い反す。皆な曰く、「吾れ上は堯舜禹湯文武の道を祖述する者なり」と。而も言は即ち相い非とし、行いは即ち相い反す。此に於て後世の君子、皆な二子なる者の言に疑惑す。
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『墨子』公孟子墨子、程子と辯じて、孔子を稱す。程子曰く、「儒を非として、何の故に孔子を稱するや」と。子墨子曰く、「是れ亦た當たりて易う可からざる者なり。今、鳥は熱旱の憂いを聞けば則ち髙く、魚は熱旱の憂いを聞けば則ち下る。此に當たりては禹湯之が謀を為すと雖も、必ず易うる能わざらん。魚鳥は愚と謂う可し。禹湯も猶お云に焉に因る。今、翟、曽て孔子を稱すること無からんや」と。
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論語・子路篇子貢問いて曰く、「郷人皆之を好まば、何如。」子曰く、「未だ可ならざるなり。」「郷人皆之を悪まば、何如。」子曰く、「未だ可ならざるなり。郷人の善き者之を好み、其の善からざる者之を悪むには如かず。」
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孫子・九地篇敢えて問う、兵をして率然の如くならしむべきか。曰く、可なり。夫れ呉人と越人とは相悪むも、其の舟を同じくして済るに当たり、風に遇わば、其の相救うや左右の手の如し。