呻吟語 / 内篇・應務・齊日に雜夢無し
將祭而齊其思慮之不齊者,不惟惡念,就是善念也是不該動的。這三日裡,時時刻刻只在那所祭者身上,更無別個想頭,故曰精白一心。才一毫雜便不是精白,才二便不是一心,故君子平日無邪夢,齊日無雜夢。
新字:将祭而斉其思慮之不斉者,不惟悪念,就是善念也是不該動的。這三日裡,時時刻刻只在那所祭者身上,更無別個想頭,故曰精白一心。才一毫雑便不是精白,才二便不是一心,故君子平日無邪夢,斉日無雑夢。
書き下し
將に祭らんとして其の思慮の齊しからざるを齊しくするは、惟だ惡念のみならず、就ち是れ善念も也た該に動かざるべきなり。這の三日の裡は、時時刻刻只だ那の祭る所の者の身上に在りて、更に別個の想頭無し。故に精白一心と曰ふ。才かに一毫雜なれば便ち是れ精白ならず、才かに二なれば便ち是れ一心ならず。故に君子は平日に邪夢無く、齊日に雜夢無し。
現代語訳
祭りの前に思慮の乱れを整えるとき、悪い念だけでなく、善い念も動かしてはならないのです。その三日のあいだは、時々刻々ただ祭る相手の上にだけ心があり、他の思いは一つもありません。だから精しく白い一つの心と言います。わずかでも混じれば精しく白くなく、わずかでも二つになれば一つの心ではありません。だから君子は平生に邪な夢を見ず、斎戒の日には雑な夢を見ません。
解説
斎戒の三日間について、善い念すら動かすなと言います。善悪ではなく、純度が問われているからです。わずかでも混じれば白くなく、二つになれば一つでない。この厳密さが精白一心という語の中身です。そして最後に夢の話が出てきます。平生は邪な夢を見ず、斎戒中は雑な夢すら見ない。純度の到達点が、眠りの中にまで及んでいます。

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斎戒純度一心夢集中
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