呻吟語 / 内篇・應務・當に悔ゆべからずして悔ゆる者
事有不當為而為者,固不是;有不當悔而悔者,亦不是。
新字:事有不当為而為者,固不是;有不当悔而悔者,亦不是。
書き下し
事に當に為すべからずして為す者有り、固より是ならず。當に悔ゆべからずして悔ゆる者有り、亦た是ならず。
現代語訳
事には、してはならないのにする場合があり、それはもちろんよくありません。悔やんではならないのに悔やむ場合もあり、それもよくありません。
解説
してはならない行いと、してはならない悔いを並べます。前者は誰でも分かりますが、後者が新しい。正しく行った事を後から悔やむのは、それ自体が誤りだというのです。次の段で、その理由が説明されます。悔いを無条件の美徳としない立場が、前に出てきた損得で悔やむなという段から一貫しています。悔いを無条件の美徳としない立場が、ここでも一貫しています。
この章句が説くこと
悔い不要行い判断誤り
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