呻吟語 / 内篇・應務・是は卻って兩是無し
說盡有千說,是卻無兩是。故談道者必要諸一是而後精,謀事者必定於一是而後濟。
新字:説尽有千説,是却無両是。故談道者必要諸一是而後精,謀事者必定於一是而後済。
書き下し
說けば盡く千說有り。是は卻って兩是無し。故に道を談ずる者は必ず諸を一是に要めて而る後に精なり。事を謀る者は必ず一是に定めて而る後に濟る。
現代語訳
語れば千の説が出てきます。しかし正しさに二つはありません。だから道を語る者は、必ず一つの正しさに集約して初めて精しくなります。事を謀る者は、必ず一つの正しさに定めて初めて成し遂げます。
解説
説の多さと正しさの一つ性を対比します。いくらでも語れるが、正しさは一つしかない。だから議論も謀議も、一つに絞ってから先へ進むことになります。前に出てきた、どちらでもよいという状態は詰めが甘いからだという段と同じ主張で、こちらは絞ることが精しさと実行の条件だと示されています。絞ることが、精しさと実行の条件だと示されています。
この章句が説くこと
一是議論集約精緻実行
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