呻吟語 / 内篇・應務・惟だ君子のみ悔ゆること多し
上智不悔,詳於事先也;下愚不悔,迷於事後也。惟君子多悔。雖然,悔人事,不悔天命,悔我不悔人。我無可悔,則天也、人也,聽之矣。
新字:上智不悔,詳於事先也;下愚不悔,迷於事後也。惟君子多悔。雖然,悔人事,不悔天命,悔我不悔人。我無可悔,則天也、人也,聴之矣。
書き下し
上智は悔いず、事の先に詳らかなればなり。下愚は悔いず、事の後に迷へばなり。惟だ君子のみ悔ゆること多し。然りと雖も、人事を悔いて、天命を悔いず。我を悔いて人を悔いず。我に悔ゆ可き無くんば、則ち天なり人なり、之を聽くのみ。
現代語訳
上等の智者は悔やみません。事の前に詳しく見ているからです。下等の愚者も悔やみません。事の後になっても迷っているからです。ただ君子だけが悔やむことが多いのです。とはいえ、人のなしたことを悔やんで天命は悔やまず、自分を悔やんで人を悔やみません。自分に悔やむところが無ければ、天だろうと人だろうと、成り行きに任せるだけです。
解説
悔やむ人を、上下の両端に挟まれた中間に置きます。智者は前もって見ているので悔やまず、愚者は後も分からないので悔やまない。悔やむのは君子だけだ、と。悔いを未熟の印ではなく、見える者の特権として位置づけています。そのうえで悔いの範囲が二つに絞られます。天命ではなく人事、人ではなく自分。悔いを未熟の印ではなく、見える者の印としています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
悔い智愚君子範囲天命
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『弁名』智命を知るとは、天命を知るなり。天の命ずる所何如を知るを謂ふなり。先王の道は、天に本づき、天命を奉じて以て之を行ふ。君子の道を学ぶも、亦た以て天職を奉ぜんと欲するのみ。我道を学び徳を成して爵至らず、是れ天我に命じて以て道を人に伝へしむるなり。君子は教学を以て事と為し、人知らずして慍らず、是れ之を命を知ると謂ふ。凡そ人の力は、及ぶ有り、及ばざる有り。強ひて其の力の及ばざる所の者を求むるは、不智の大なる者なり。故に曰く、「命を知らざれば、以て君子為ること無きなり」と。後儒或いは其の然る所以の理を知ると曰ひ、或いは吉凶禍福を知ると曰ひ、或いは名利得失に毫も心を動かさずと曰ふ。皆道を知らざる者の言のみ。
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『大和俗訓』巻之四・心術下一天命は天のくだす所、人のうくる所なり。命は猶令のごとしとて、下知の意なり。天よりくだる故に天命といふ。天命に常あり変あり。善を行へば福あり、悪をすれば禍あるは常なり。善人に禍あり。悪人に福あるは変なり。人の吉凶、禍福、寿夭、富貴貧賤、万の幸不幸、皆天の命ずる所なり。人間の万事、天命にあらざる事なし。或は生れつきて定まり、或は時により不慮に命くだりて、偶然として福にあひ、わざはひにあふ。求めても命なければ得がたく、求めざれども命あれば得やすし。唯人の法を行ひて、天命をまつべし。善を行ひて福来るは常の理なれども、もし禍あるは、是また天命の変なれば、うれふべからず。およそ人天命を知りて、命にまかせ、うれひなき工夫をなすべし。天命を知らざれば、命のさだまりありて、福の求めがたく、禍の去りがたき事を知らず。利につき、害をさけんとし、人にへつらひ、神にへつらふは見ぐるし。愚なりといふべし。故に論語に、命を知らざれば以て君子たること無きなりといへり。
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『五常訓』巻之五・智一天命を知るとは、人の吉凶禍福死生は、皆定まれる天命あり。生れつきたる分限あり。分外のさいはひを、人にへつらひ求めても、神にへつらひ祈りても、必得べからざる事を知るを云ふ。然るに、小人は天命を知らず。わざはひあれば、手立を以てのがれんとし、利をねがひては、人にへつらひて、富貴福禄を得んとす。ここを以て、義理をすて、利欲にしたがひて恥ぢず。又いのるまじき理を知らで、神にへつらひて、福を求め、禍をのがれんとす。君子は義理をたつとんで、天命を知る故に、義にそむける事は、大なる利を得るといへど行はず。害ありといへども避けず。天命の求むべからざるを知りて、義に害なしといへども求めず。しかるに、若みだりに利を求め、害をのがれんとして、其益なきことをせば、天命を知らずして、愚なりと云ふべし。何ぞ君子とすべけんや。
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『徂徠先生答問書』卷下其人智人力のとゞき不申場にいたり候ては、君子は天命を知りて心をうごかさず、我なすべき道を勤候故、をのづから天地鬼神のたすけを得候に、をろかなる人はわが智に見え不申候故、疑ひ生じ心を専らにしてはげみ候事なく、つとむる力よはり候故、其事破れ候て成就いたし不申候。たとへば船頭の舟に乗候に、船の上のわざは其道筋御座候て随分に智力を尽し候得ども、大洋に押出し、風波に逢候ては、智力も尽果、只仏神の力を頼候より外他事無之候。されども仏神の力を頼み候計にて、櫓械をもすて船底にひれふし居候計にては、生路を得べき様無御座候。仏神の力を頼み候上に、猶々己がつとむるわざを励候故、十死一生の難を凌ぎて生路を得候事に候。
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