呻吟語 / 内篇・應務・紿法と躲法
聖人處小人不露形跡,中間自有得已,處高崖陡塹,直氣壯頄皆偏也,即不論取禍,近小文夫矣。孟子見樂正子從王驩,何等深惡!及處王驩,與行而不與比,雖然,猶形跡矣。孔子處陽貨只是個紿法,處向魋只是個躲法。
新字:聖人処小人不露形跡,中間自有得已,処高崖陡塹,直気壮頄皆偏也,即不論取禍,近小文夫矣。孟子見楽正子従王驩,何等深悪!及処王驩,与行而不与比,雖然,猶形跡矣。孔子処陽貨只是個紿法,処向魋只是個躲法。
書き下し
聖人の小人に處するは形跡を露はさず、中間自ら已むを得る有り。高崖陡塹に處し、直氣壯頄なるは皆な偏なり。即ち禍を取るを論ぜざるも、小丈夫に近し。孟子の樂正子の王驩に從ふを見るや、何等か深く惡む。王驩に處するに及びては、與に行きて與に比せず。然りと雖も、猶ほ形跡あり。孔子の陽貨に處するは只だ是れ個の紿法、向魋に處するは只だ是れ個の躲法なり。
現代語訳
聖人が小人に接するとき、形跡を表に出さず、その中にもおのずとやむを得ないところがあります。切り立った崖や険しい堀に身を置き、気をまっすぐ張って頬を怒らせるのは、どれも偏りです。禍を招くかどうかは措くとしても、小者に近い振る舞いです。孟子が楽正子の王驩に従うのを見たときは、どれほど深く憎んだでしょうか。しかし王驩に接するときは、共に行っても並び立ちませんでした。それでもなお形跡があります。孔子が陽貨に接したのはただ言い抜ける法であり、向魋に接したのはただ身をかわす法でした。
解説
小人との接し方を、三人の例で段階づけます。孟子は共に行くが並ばない、それでも形跡が残る。孔子は言い抜け、あるいは身をかわす。形跡を残さない点で孔子が上とされます。そして正面から気を張って怒るのは小者の振る舞いだとされます。嫌悪を表に出さないことが処世の技術として示された、実践的な一段です。嫌悪を表に出さないことを、処世の技術として示しています。
この章句が説くこと
小人形跡回避孔子処世
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