孫子 / 虚実篇
行千里而不勞者,行於無人之地也。
新字:行千里而不労者,行於無人之地也。
書き下し
千里を行きて労せざる者は、人なき地を行くなり。
現代語訳
千里を進んでも疲れないのは、敵がいないところを通るからである。
解説
虚実篇で、消耗しない動き方の原理を示した一節です。千里もの長距離を進んでも疲れないのは、敵のいない場所を通るからだ、と孫子は言います。抵抗のあるところ、敵が待ち構えるところを進めば、距離が短くても消耗する。逆に、誰も守っていない空白地帯を進めば、遠くても疲れない——移動そのものより「どこを通るか」が消耗を決めるというのです。仕事でも、競合がひしめく激戦区で戦えば、少し進むだけで大きく疲弊します。一方、誰も手をつけていない領域、抵抗の少ない道を選べば、大きく前進しても消耗は小さい。がむしゃらに突き進むのではなく、抵抗の少ないルートを見極めて動く。労力の量より「どこで戦うか」を選ぶ賢さを、孫子は説きます。
この章句が説くこと
行軍回避温存
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