呻吟語 / 内篇・應務・先づ個の虛心を要す
坐疑似之跡者,百口不能自辨;犯一見之真者,百口難奪其執。此世之通患也。聖〔人〕虛明通變吻合人情,如人之肝肺在其腹中,既無遁情,亦無誣執。故人有感泣者,有愧服者,有歡悅者。故曰惟聖人為能通天下之志,不能如聖人,先要個虛心。
新字:坐疑似之跡者,百口不能自弁;犯一見之真者,百口難奪其執。此世之通患也。聖〔人〕虚明通変吻合人情,如人之肝肺在其腹中,既無遁情,亦無誣執。故人有感泣者,有愧服者,有歓悅者。故曰惟聖人為能通天下之志,不能如聖人,先要個虚心。
書き下し
疑似の跡に坐する者は、百口も自ら辨ずる能はず。一見の真を犯す者は、百口も其の執を奪ひ難し。此れ世の通患なり。聖人は虛明通變にして人情に吻合す。人の肝肺の其の腹中に在るが如く、既に遁情無く、亦た誣執無し。故に人に感泣する者有り、愧服する者有り、歡悅する者有り。故に曰く、惟だ聖人のみ能く天下の志に通ずと。聖人の如くなる能はずんば、先づ個の虛心を要す。
現代語訳
紛らわしい跡に座らされた者は、百の口があっても自分では弁明できません。一度こう見たと信じ込んだ者からは、百の口があってもその思い込みを奪えません。これが世の共通の患いです。聖人は虚しく明るく変化に通じ、人の情にぴたりと合います。人の肝や肺が腹の中にあるように見通すので、隠れた情も無ければ、言いがかりの思い込みもありません。だから感じ入って泣く者があり、恥じて服す者があり、喜ぶ者があります。だから、ただ聖人だけが天下の志に通ずると言うのです。聖人のようになれないなら、まず虚しい心を持つことです。
解説
誤解が解けない状況を、両側から描きます。疑われた者は弁明できず、思い込んだ者は改めない。どちらも百の口では足りません。そして聖人はそれを見通すとし、最後に凡人向けの処方が一つだけ示されます。虚心。見通せないなら、せめて空けておけということです。結論が実行可能な一語に絞られています。結論が、実行可能な一語に絞られているのが親切です。
この章句が説くこと
誤解思い込み弁明虚心見通し
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