呻吟語 / 内篇・應務・徒らに悔ゆるは益無し
悔前莫如慎始,悔後莫如改圖,徒悔無益也。
新字:悔前莫如慎始,悔後莫如改図,徒悔無益也。
書き下し
前に悔ゆるは始めを慎むに如くは莫く、後に悔ゆるは圖を改むるに如くは莫し。徒らに悔ゆるは益無きなり。
現代語訳
前もって悔やむなら、初めを慎むのに越したことはありません。後から悔やむなら、計画を改めるのに越したことはありません。ただ悔やむだけでは何の益もありません。
解説
悔いを、時期によって二つの行動に振り分けます。事の前なら慎重に始めること、事の後なら計画を改めること。どちらにしても、悔やむこと自体には何の効き目もない。前に出てきた、千回万回悔やんでも足しにならないという段と同じ主張ですが、こちらは悔いを行動に変換する手順として示されています。悔いを行動に変換する手順として、示された一段です。
この章句が説くこと
悔い慎始改図行動無益
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