呻吟語 / 内篇・應務・姑息依戀と鹵莽逕宜
姑息依戀,是處人大病痛,當義處,雖處骨肉亦要果斷;鹵莽逕宜,是處事大病痛,當緊要處,雖細微亦要檢點。
新字:姑息依恋,是処人大病痛,当義処,雖処骨肉亦要果断;鹵莽逕宜,是処事大病痛,当緊要処,雖細微亦要検点。
書き下し
姑息依戀は、是れ人に處するの大病痛なり。義に當たる處は、骨肉に處すと雖も亦た果斷なるを要す。鹵莽逕宜は、是れ事に處するの大病痛なり。緊要の處に當たりては、細微と雖も亦た檢點するを要す。
現代語訳
その場しのぎと未練は、人と接する上での大きな病です。義に当たるところでは、肉親に対してであっても思い切って断ずる必要があります。粗雑で行き当たりばったりなのは、事に処する上での大きな病です。肝心なところでは、細かなことであっても点検する必要があります。
解説
人と事について、それぞれの病と処方を対にします。人にはその場しのぎと未練という病があり、処方は肉親にも断ずる果断さ。事には粗雑という病があり、処方は細部の点検。人には厳しく、事には細かく。どちらも情に流されがちな方向の逆を求めており、二つ並べることで守備範囲が揃います。二つ並べることで、守備範囲が揃う形になっています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
姑息未練果断粗雑点検
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