論語 / 郷党篇
朝與下大夫言,侃侃如也;與上大夫言,誾誾如也。君在,踧踖如也,與與如也。
新字:朝与下大夫言,侃侃如也;与上大夫言,誾誾如也。君在,踧踖如也,与与如也。
書き下し
朝にして下大夫と言うときは、侃侃如たり。上大夫と言うときは、誾誾如たり。君在せば、踧踖如たり、与与如たり。
現代語訳
朝廷で下級の大夫と話されるときは、うちとけてはきはきとしておられた。上級の大夫と話されるときは、慎み深く筋を通しておられた。君主がおられるときは、恭しく気を張りながらも、落ち着いた物腰であった。
解説
相手の立場ごとに態度を三段に変えている。下位の者には打ち解けて、上位の者には慎重に、君主の前では緊張しつつも落ち着いて。ここで見落とせないのは、下位の相手に対して砕けた態度をとったことである。上に対して丁寧なのは誰でもやるが、下に対して構えを緩めるのは、意識しないとできない。上位者に対する誾誾如も、へつらいではなく、筋を通して議論する態度を指す。丁寧さと従順さは違う、ということだ。組織の中でこの三段を点検すると、たいてい歪みが見つかる。上には丁寧だが下には雑、あるいは下には優しいが上には言えない。孔子の使い分けは、相手の地位に応じて敬意の量を変えたのではなく、距離の取り方を変えたものである。敬意はどの段でも一定に保たれている。
この章句が説くこと
上下態度距離敬意使い分け
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