呻吟語 / 内篇・應務・其の地に非ざるは之を羨談と謂ふ
士君子在朝則論政,在野則論俗,在廟則論祭禮,在喪則論喪禮,在邊國則論戰守,非其地也,謂之羨談。
新字:士君子在朝則論政,在野則論俗,在廟則論祭礼,在喪則論喪礼,在辺国則論戦守,非其地也,謂之羨談。
書き下し
士君子は朝に在れば則ち政を論じ、野に在れば則ち俗を論じ、廟に在れば則ち祭禮を論じ、喪に在れば則ち喪禮を論じ、邊國に在れば則ち戰守を論ず。其の地に非ざるは、之を羨談と謂ふ。
現代語訳
士君子は朝廷にいれば政を論じ、在野にいれば風俗を論じ、廟にいれば祭礼を論じ、喪にあれば喪礼を論じ、辺境にいれば戦と守りを論じます。その場に合わないものは、余計な話と言います。
解説
話す内容を、いる場所で決めよと言います。朝廷では政、在野では風俗、喪の場では喪礼。そして場に合わない話を羨談、つまり余計な話と呼びます。知識があっても場が違えば無駄だという判定で、前に出てきた、目の前の事を論ずるなら目の前の処置を語れという段と同じ主張になっています。知識があっても、場が違えば無駄だという判定です。

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