説苑 / 貴德
景公睹嬰兒有乞於途者,公曰:「是無歸夫?」晏子對曰:「君存何為無歸,使養之,可立而以聞。」
新字:景公睹嬰児有乞於途者,公曰:「是無帰夫?」晏子対曰:「君存何為無帰,使養之,可立而以聞。」
書き下し
景公嬰児の途に乞ふ有るを睹て、公曰く、「是れ帰る無からんか」と。晏子対へて曰く、「君存す何為れぞ帰る無からん、養はしめば、立ちどころにして以て聞こゆべし」と。
現代語訳
景公は道端で物乞いをしている幼子を見かけて言った、「この子には帰る家がないのだろうか」と。晏子は答えて言った、「殿が世におられるのに、どうして帰る所がないなどということがありましょうか。誰かに養わせれば、すぐにでも良い評判が広まるでしょう」と。
解説
短い問答の中に、統治者の存在意義そのものが凝縮されている。景公の「帰る家がないのか」という素朴な憐れみに対し、晏子は「君主が存在する限り、帰る場所のない者などいるはずがない」と切り返す。これは、社会的弱者を放置することは為政者自身の不在に等しいという痛烈な指摘である。組織に置き換えれば、困窮する社員や見過ごされた顧客がいるとすれば、それはリーダーの存在感そのものが機能していない証だという厳しい自己点検の視点を与えてくれる。憐れむだけで終わらせず、すぐに具体的な保護の手立てを講じよという実務的な促しも読み取れる。
この章句が説くこと
為政者の責任弱者救済実務
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