呻吟語 / 内篇・應務・下面底最も寬く、後面底最も長し
或問:「慮以下人,是應得下他不?」曰:「若應得下他,如子弟之下父兄,這何足道?然亦不是卑諂而徇人以非禮之恭,只是無分毫上人之心,把上一著,前一步,盡著別人占,天地間惟有下面底最寬,後面底最長。」
新字:或問:「慮以下人,是応得下他不?」曰:「若応得下他,如子弟之下父兄,這何足道?然亦不是卑諂而徇人以非礼之恭,只是無分毫上人之心,把上一著,前一歩,尽著別人占,天地間惟有下面底最寛,後面底最長。」
書き下し
或るひと問ふ、「慮りて以て人に下るは、是れ應に他に下るべきか否か」と。曰く、「若し應に他に下るべくんば、子弟の父兄に下るが如し、這れ何ぞ道ふに足らん。然れども亦た是れ卑諂して人に徇ふに非禮の恭を以てするにあらず。只だ是れ分毫も人に上たるの心無く、上一著、前一步を把りて、盡く別人をして占めしむるのみ。天地の間惟だ下面底のみ最も寬く、後面底のみ最も長し」と。
現代語訳
ある人が問いました。思慮して人に下るというのは、下るべき相手に下るということですか。答えて言う。もし下るべき相手なら、子弟が父兄に下るようなもので、取り立てて言うほどのことではありません。かといって、へつらって礼に外れた恭しさで人に従うのでもありません。ただ毛ほども人の上に立とうという心を持たず、一つ上の手、一歩前の場所を、すべて他人に占めさせるだけです。天地のあいだで、下のほうこそ最も広く、後ろのほうこそ最も長いのです。
解説
へりくだりの中身を、上に立とうとしないことに絞ります。身分上の礼でもへつらいでもなく、良い手と良い場所を人に譲るだけ。そして最後の二句が鮮やかです。下は最も広く、後ろは最も長い。譲ることが損ではなく、広い場所と長い時間を得ることだと転換されます。空間の比喩で謙譲の得を示した一段です。空間の比喩で、謙譲の得を示した一段になっています。
この章句が説くこと
謙譲下位譲る広さ長さ
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