呻吟語 / 内篇・應務・畢竟只だ一可有るのみ
天下有兩可之事,非義精者不能擇。若到精處,畢竟只有一可耳。
新字:天下有両可之事,非義精者不能択。若到精処,畢竟只有一可耳。
書き下し
天下に兩可の事有り。義精しき者に非ざれば擇ぶ能はず。若し精處に到らば、畢竟只だ一可有るのみ。
現代語訳
天下にはどちらでもよいという事があります。義に精しい者でなければ選べません。しかし精しいところまで至れば、結局はどちらか一つしか可はありません。
解説
どちらでもよいという状態を、判断が粗いことの印だと見ます。精しく詰めていけば必ず一つに決まる。つまり迷いは選択肢の性質ではなく、こちらの分解能の問題だということです。決めきれない案件を前にしたとき、もう一段細かく見よという促しになります。前に出てきた、疑いは基準が二つあるからだという段と通じます。決めきれない案件を前に、もう一段細かく見よという促しです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
両可分解能判断義迷い
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