呻吟語 / 内篇・應務・小人と處するは一分も計較し得ず
與小人處,一分計較不得,須要放寬一步。
新字:与小人処,一分計較不得,須要放寛一歩。
書き下し
小人と處するは、一分も計較し得ず。須らく寬を放つこと一步なるを要す。
現代語訳
小人と付き合うときは、一分たりとも細かく計算してはいけません。必ず一歩ぶん緩めておくことが必要です。
解説
小人との付き合い方を、一言で示します。細かく計算せず、一歩ぶん余裕を置く。理由は書かれていませんが、計算し合えば必ずもつれ、こちらも小人の土俵に立つことになるからでしょう。前に出てきた、双方が怒れば小人二人と同じだという段と同じ構えです。相手に合わせないための緩みという、逆説的な処方になっています。
この章句が説くこと
小人余裕計算もつれ距離
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