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呻吟語 / 内篇・應務・疑心は最も事を害す

疑心最害事。二則疑,不二則不疑。然則聖人無疑乎?曰,「聖人只認得一個理,因理以思,順理以行,何疑之有?賢人有疑惑於理也,眾人多疑惑於情也。」或曰:「不疑而為人所欺奈何?」曰:「學到不疑時自然能先覺。況不疑之學,至誠之學也,狡偽亦不忍欺矣。」

新字:疑心最害事。二則疑,不二則不疑。然則聖人無疑乎?曰,「聖人只認得一個理,因理以思,順理以行,何疑之有?賢人有疑惑於理也,眾人多疑惑於情也。」或曰:「不疑而為人所欺奈何?」曰:「学到不疑時自然能先覚。況不疑之学,至誠之学也,狡偽亦不忍欺矣。」

書き下し

疑心は最も事を害す。二なれば則ち疑ひ、二ならざれば則ち疑はず。然らば則ち聖人は疑ひ無きか。曰く、「聖人は只だ一個の理を認め得たり。理に因りて以て思ひ、理に順ひて以て行ふ。何の疑か之れ有らん。賢人は理に疑惑する有り、眾人は多く情に疑惑するなり」と。或るひと曰く、「疑はずして人の欺く所と為らば奈何」と。曰く、「學不疑の時に到れば自然に能く先覺す。況んや不疑の學は、至誠の學なり。狡偽も亦た忍びて欺かず」と。

現代語訳

疑う心は最も事を損ないます。二つあれば疑い、一つなら疑いません。では聖人には疑いが無いのでしょうか。答えて言う。聖人はただ一つの理を掴んでいます。理によって思い、理に順って行う。どこに疑いがあるでしょうか。賢人は理について迷い、大勢の人は情について迷います。ある人が言いました。疑わずにいて人に欺かれたらどうしますか。答えて言う。学が疑わない段に至れば、自然と先に気づけます。まして疑わない学とは至誠の学です。狡く偽る者も、忍びなくて欺けなくなります。

解説

疑いの原因を、基準が二つあることに求めます。一つなら迷いようがない。だから聖人は疑わないというのです。そして欺かれるのではないかという反論に、二段で答えます。疑わない段に至れば先に気づけるし、そもそも至誠の前では欺く気が失せる。理想論に聞こえますが、疑いの正体を基準の複数性に見た前半は鋭い分析です。

この章句が説くこと

疑い基準至誠欺き一理

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