呻吟語 / 内篇・應務・交際を禁ずるに非ず
或問:「士大夫交際禮與?」曰:「禮也。古者,睦鄰國有享禮、有私覿,士大夫相見各有所贄,鄉黨亦然,婦人亦然,何可廢也?」曰:「近者嚴禁之,何也?」曰:「非禁交際,禁以交際行賄賂者也。夫無緣而交,無處而饋,其饋也過情,謂之賄可也。豈惟嚴禁,即不禁,君子不受焉。乃若宿在交,知情猶骨肉,數年不見,一飯不相留,人情乎?數千里來,一揖而告別,人情乎?則彼有饋遺,我有贈送,皆天理人情之不可已者也。士君子立身行己自有法度,絕人逃世,情所不安。余謂秉大政者貴持平,不貴一切。持平則有節,一切則愈潰,何者?勢不能也。」
新字:或問:「士大夫交際礼与?」曰:「礼也。古者,睦鄰国有享礼、有私覿,士大夫相見各有所贄,鄉党亦然,婦人亦然,何可廃也?」曰:「近者厳禁之,何也?」曰:「非禁交際,禁以交際行賄賂者也。夫無縁而交,無処而饋,其饋也過情,謂之賄可也。豈惟厳禁,即不禁,君子不受焉。乃若宿在交,知情猶骨肉,数年不見,一飯不相留,人情乎?数千里来,一揖而告別,人情乎?則彼有饋遺,我有贈送,皆天理人情之不可已者也。士君子立身行己自有法度,絶人逃世,情所不安。余謂秉大政者貴持平,不貴一切。持平則有節,一切則愈潰,何者?勢不能也。」
書き下し
或るひと問ふ、「士大夫の交際は禮か」と。曰く、「禮なり。古者、鄰國を睦むに享禮有り、私覿有り。士大夫相見るに各おの贄する所有り」と。曰く、「近者之を嚴禁するは、何ぞや」と。曰く、「交際を禁ずるに非ず、交際を以て賄賂を行ふ者を禁ずるなり。夫れ緣無くして交はり、處無くして饋る。其の饋るや情に過ぐれば、之を賄と謂ひて可なり。豈に惟だ嚴禁するのみならんや、即ち禁ぜざるも、君子は受けず。乃ち宿に交はり在り、情を知ること猶ほ骨肉のごとく、數年見えざるに、一飯も相留めざるは、人情ならんや。余謂へらく大政を秉る者は平を持するを貴び、一切を貴ばず。平を持すれば則ち節有り、一切なれば則ち愈いよ潰ゆ」と。
現代語訳
ある人が問いました。士大夫が贈答を交わすのは礼ですか。答えて言う。礼です。昔は隣国と睦むのに享の礼があり、私的な面会もありました。士大夫が会うときにはそれぞれ手土産がありました。問う。近ごろこれを厳禁するのはなぜですか。答えて言う。交際を禁じているのではなく、交際にかこつけて賄賂を行う者を禁じているのです。縁も無いのに交わり、理由も無いのに贈る。その贈り物が情を越えていれば、賄賂と呼んでよい。厳禁するまでもなく、禁じられなくても君子は受けません。しかし古くからの交わりがあり、肉親のように事情を知り合った相手と、数年ぶりに会って一度の食事も引き留めないのは人情でしょうか。私が思うに、大政を執る者は釣り合いを保つことを貴び、一律を貴びません。釣り合いを保てば節度が生まれ、一律にすればかえって崩れます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『秘本玉くしげ』下 使う者を罰すこれを止る法は、まづ賄を取者を禁むるのみならず、これをつかふ者をきびしくいましめて、何事によらずいささかにても賄をつかふ者相しるるに於ては、急度曲事に申付べしとの旨をつねづねふれおかれて、もし犯す者あらんには、一人二人きびしく答められなどせば、つかふ者は勿論にて、とる人もおのづからきみわろかるべし。上の制禁ならんには、これをつかはぬを怒ることも得せじ。そもそも賄は、つかふ者にはとがなくして、罪は取者にある事なれ共、取者をのみ制しては止がたければ、つかふ者をいましむるも一つの権道なるべきにや。
-
『秘本玉くしげ』下 賄賂の損得すべて世中に此筋盛んなるゆゑに、おのづから国政正しくは行はれがたく、又上に損失ある事おびただしく、下にも損害甚多し。たとへば、金千両入べきところをも、役人へ三百両賄すれば五百両にてすむゆゑに、下にも二百両の得あれども、上には五百両だけの所の損あり。或は五百両にてすむべき事も、賄をせざれば七百両も八百両も入りて、其二百両三百両は脇道へぬけ行やうの事も有て、上にも利なく、下には大損ありて、あまつさへ上を恨み奉ること甚し。されば、国政の大害、下民の大害、此賄に過たるはなし。
-
『甲陽軍鑑』品第四十一国の仕置武士までの事にいろはせ給へば、其家老必らず賄賂にふけり、礼物をもつて諸役者に諸奉公人共なるにより、彼役者どもの存分我立身したることわざをば、死するまでもよきことと存ずるに付、いはんや存生さかんの時、我に音信つかふ人をば善悪の弁もなく、これはよき人と存じ、御大将へ出頭よく取成て、礼物つかふ人ばかり立身して本のよき者はおし付られ、心いさむ事なく、さながら其大将へ無沙汰申し、ゆく〳〵用にも立まじきと思ふなり、
-
尚書・呂刑獄貨は寶に非ず。
-
史記 伍子胥列伝其の後四年、呉王将に北のかた斉を伐たんとす。越王句踐、子貢の謀を用ゐ、乃ち其の衆を率ゐて以て呉を助け、而して重宝を以て太宰嚭に献遺す。太宰嚭既に数々越の賂を受け、其の越を愛信すること殊に甚だしく、日夜呉王の為に言ふ。呉王、嚭の計を信用す。伍子胥諫めて曰く、「夫れ越は腹心の病なり、今其の浮辞詐偽を信じて斉を貪る。斉を破るは、譬へば猶ほ石田のごとし、用ゐる所無し。且つ盤庚の誥に曰く、『顛越不恭有らば、之を劓殄滅し、遺育無からしめ、種を茲の邑に易ふること無からしめよ』と。此れ商の興りし所以なり。願はくは王斉を釈てて越を先にせよ。若し然らずんば、後将に之を悔ゆるも及ぶ無からん」と。而るに呉王聴かず、子胥を斉に使はす。子胥行くに臨み、其の子に謂ひて曰く、「吾数々王を諫むれど、王用ゐず、吾今呉の亡ぶるを見る。汝、呉と倶に亡ぶるは、益無きなり」と。乃ち其の子を斉の鮑牧に属し、還りて呉に報ず。
-
『学問のすゝめ』十一編・名分をもって偽君子を生ずるの論・その買物の棒先を切るとは大名の家来によき役儀を勤むる者あれば、その家に銭のできるは何ゆえぞ。定まりたる家禄と定まりたる役料にて一銭の余財も入るべき理なし。しかるに出入差引きして余りあるははなはだ怪しむべし。いわゆる役得にもせよ、賄賂にもせよ、旦那の物をせしめたるに相違はあらず。そのもっともいちじるしきものを挙げて言えば、普請奉行が大工に割前を促し、会計の役人が出入りの町人より付け届けを取るがごときは、三百諸侯の家にほとんど定式の法のごとし。旦那のためには御馬前に討死さえせんと言いし忠臣義士が、その買物の棒先を切るとはあまり不都合ならずや。金箔付きの偽君子と言うべし。