論語 / 里仁篇
子曰、不患無位、患所以立。不患莫己知、求為可知也。
書き下し
子曰わく、位無きを患えず、立つ所以を患う。己を知る莫きを患えず、知らるべきを為すを求む。
現代語訳
孔子が『地位がないことを心配せず、その地位に立つにふさわしい実力があるかを心配しなさい。自分を認めてくれる人がいないことを心配せず、認められるだけの人物になることを求めなさい』と言われた。
解説
心配すべきは、地位や肩書きがあるかどうかではなく、その場に立つだけの実力や人柄が自分に備わっているかどうかです。同じように、まわりが自分を認めてくれないと嘆く前に、認められるだけの中身を自分がきちんと持っているかを振り返るべきだと孔子は説きます。これは会社の役職だけの話ではありません。家庭でも「もっと親として頼られたい」「もっと友人として大事にされたい」と思う前に、頼られ、大事にされるだけの誠実さや思いやりを自分が示せているかを考えたいものです。評価や肩書きを求める前に、まず自分の中身を磨くこと。この順番を間違えないことが、遠回りのようで一番の近道になります。
この章句が説くこと
実力主義能力資質自己修養主体性
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