呻吟語 / 内篇・應務・游說者の當に知るべき所
激之以理法,則未至於惡也,而奮然為惡;愧之以情好,則本不徙義也,而奮然向義。此游說者所當知也。
新字:激之以理法,則未至於悪也,而奮然為悪;愧之以情好,則本不徙義也,而奮然向義。此游説者所当知也。
書き下し
之を激するに理法を以てすれば、則ち未だ惡に至らざるも、奮然として惡を為す。之を愧ぢしむるに情好を以てすれば、則ち本と義に徙らざるも、奮然として義に向かふ。此れ游說者の當に知るべき所なり。
現代語訳
道理と法で相手を激しくすれば、まだ悪に至っていない人でも、奮い立って悪をなします。情と好意で相手に恥じさせれば、もともと義に移る気の無かった人でも、奮い立って義へ向かいます。
解説
人を動かす二つの道を、結果の側から比べます。正論で押せば反発して悪に走り、情で恥じさせれば義に向かう。同じ相手が、こちらの当て方で正反対に動くのです。正しさを武器にすると逆効果になるという指摘は、説得の現場では今も変わりません。人に何かを勧める立場の者には、耳の痛い一段でしょう。人に何かを勧める立場の者には、耳の痛い一段でしょう。
この章句が説くこと
説得正論情反発効果
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