呻吟語 / 内篇・修身・威を用ふる者、愛を用ふる者
掩護勿攻,屈服勿怒,此用威者之所當知也;無功勿賞,盛寵勿加,此用愛者之所當知也。反是皆敗道也。
新字:掩護勿攻,屈服勿怒,此用威者之所当知也;無功勿賞,盛寵勿加,此用愛者之所当知也。反是皆敗道也。
書き下し
掩護すれば攻むる勿かれ、屈服すれば怒る勿かれ、此れ威を用ふる者の當に知るべき所なり。功無くんば賞する勿かれ、寵盛んなれば加ふる勿かれ、此れ愛を用ふる者の當に知るべき所なり。反すれば皆な道を敗るなり。
現代語訳
相手が身を守っているなら攻めてはならず、降参しているなら怒ってはならない。これが威を用いる者の心得です。功が無ければ賞してはならず、寵愛が盛んならそれ以上加えてはならない。これが愛を用いる者の心得です。逆をすれば、どちらも道を壊します。
解説
厳しさと優しさ、それぞれの止めどころを二つずつ示します。威の側は、相手が降りた後は追わない。愛の側は、すでに厚いものにこれ以上足さない。どちらも、効いている時ほど止めよという構造です。厳しさが過ぎれば恨みを生み、優しさが過ぎれば驕りを生む。人を動かす両輪の、ブレーキの位置を教えた一段になっています。
この章句が説くこと
威愛加減賞罰止め時
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