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呻吟語 / 内篇・應務・胸中に一副極めて准なる秤尺有り

膚淺之見,偏執之說,傍經據傳也近一種道理,究竟到精處都是浮說陂辭。所以知言必須胸中有一副極准秤尺,又須在堂上,而後人始從。不然,窮年聚訟,其誰主持耶?

新字:膚浅之見,偏執之説,傍経拠伝也近一種道理,究竟到精処都是浮説陂辞。所以知言必須胸中有一副極准秤尺,又須在堂上,而後人始従。不然,窮年聚訟,其誰主持耶?

書き下し

膚淺の見、偏執の說も、經に傍り傳に據れば也た一種の道理に近し。究竟精處に到れば都て是れ浮說陂辭なり。所以に言を知るには必ず胸中に一副の極めて准なる秤尺有るを須ひ、又た須らく堂上に在りて、而る後に人始めて從ふ。然らずんば、窮年聚訟して、其れ誰か主持せんや。

現代語訳

浅はかな見方や偏った説でも、経書に寄り伝に拠れば、一種の道理のように見えます。しかし精しいところまで究めれば、みな浮ついた説と偏った言葉です。だから言葉を見分けるには、胸の中に極めて正確な秤と物差しがなければならず、さらに堂上に立って初めて人が従います。そうでなければ、年を重ねて訴え合っても、誰が取り仕切るのでしょうか。

解説

経書を引けば何でも道理らしく見えてしまう、という問題を突きます。だから引用の有無では判定できず、自分の中に正確な秤が要る。しかもそれだけでは足りず、堂上という立場も要ると言い添えます。正しさと権威の両方が揃わなければ議論は収まらない。理想論に流れない、実務感覚のある一段です。理想論に流れない、実務感覚のある一段になっています。

この章句が説くこと

判定引用権威議論

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