呻吟語 / 内篇・應務・人定まれば真に天に勝つに足る
人定真足勝天。今人但委於天,而不知人事之未定耳。夫冬氣閉藏不能生物,而老圃能開冬花,結春實;物性蠢愚不解人事,而鳥師能使雀奕棋,蛙教書,況於能為之人事而可委之天乎?
新字:人定真足勝天。今人但委於天,而不知人事之未定耳。夫冬気閉蔵不能生物,而老圃能開冬花,結春実;物性蠢愚不解人事,而鳥師能使雀奕棋,蛙教書,況於能為之人事而可委之天乎?
書き下し
人定まれば真に天に勝つに足る。今人但だ天に委して、人事の未だ定まらざるを知らざるのみ。夫れ冬氣は閉藏して物を生ずる能はず。而るに老圃は能く冬花を開き、春實を結ぶ。物性は蠢愚にして人事を解せず。而るに鳥師は能く雀をして棋を奕たしめ、蛙をして書を教へしむ。況んや能く為すの人事に於て、之を天に委す可けんや。
現代語訳
人の力が定まれば、本当に天に勝つに足ります。今の人はただ天に任せて、人の努力がまだ定まっていないことを知らないだけです。冬の気は閉じ籠もって物を生じられません。それでも老練な園丁は冬に花を咲かせ、春の実を結ばせます。物の性は鈍くて人の事を解しません。それでも鳥の師匠は雀に碁を打たせ、蛙に書を教えさせます。まして人が為し得る事を、どうして天に任せてよいでしょうか。
解説
天に任せるという諦めを、二つの実例で崩します。冬に花を咲かせる園丁と、雀に碁を打たせる調教師。どちらも自然に逆らって成し遂げた例です。そのうえで、人が為し得る事なら任せる理由が無いと結びます。人事を尽くしていないだけなのに天のせいにする、という指摘が鋭く、諦めの早さを突いた一段になっています。諦めの早さを突いた一段になっています。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
人事天諦め実例努力
関連する章句
-
『翁問答』上卷之末耕作時いたり我田に稲をうへ我畠にまめをうへ、ところも時も位もよくかなひても、かれたる苗をうへ砕けたる種をうへては、はへ育たぬものなり、これは天時地利人位みなよくかなひても、苗と種に生理なきゆへなり、これにて学問も政も、苗と成種となる明徳の生理あきらかならざれば、時と所と位とにかなひて聖人の法をもちひても、益なき事を体認すべし、時も所も位もよくかなひ、苗も種もよく候ても、糞をし草をとる修理のしやう悪ければ秋のとりみなきものなり、これは時所位苗いづれもよくても人事のつとめたらざるゆへなり、これにて学問も政も人事のつとめをはげますを本とする事を弁へるべし、
-
『呻吟語』内篇・問學・偏氣勝ち易し二分は寒暑の中なり、晝夜分停す。多くも七、八日に過ぎず。二至は寒暑の偏なり、晝夜偏長す。每々二十三日なり。始めて知る、中道は持し難く、偏氣は勝ち易きことを。天すら且つ然り。故に堯舜毅然として允執と曰ふ。蓋し人事を以て勝つのみ。
-
『呻吟語』外篇・天地・當然・自然・偶然の天理を以て之を言へば、則ち當然なる者之を天と謂ふ。德有るに命じ罪有るを討ち、三尺を奉じて私無き是れなり。命を以て之を言へば、則ち自然なる者之を天と謂ふ。之を為す莫くして為り、之を致す莫くして至り、有生の初めに定まる是れなり。數を以て之を言へば、則ち偶然なる者之を天と謂ふ。其の適に會逢し、其の際に偶值する是れなり。
-
『慎思録』巻之四天は地を統ぶ。地の内外も亦た是れ天気の貫通流行する所なり。故に偏へに天を言へば、則ち地其の中に在り。天地の道を謂ひて、之を天道に統ぶ。之を称して天道と為すは、猶ほ聖人の道、君子の道と言ふがごとし。其の在る所を以て之に名づくるのみ。其の実は天も亦た道中の一物のみ。道は天に在りて主宰と為る。故に曰く、天は即ち理なり、と。天地生じて、而る後に道天地に在り。故に天地は道の形体なり。陰陽は道の動静なり。道は形体に非ざれば、則ち寓する所無し。動静に非ざれば、則ち変化を致し、四時を行ひ、万物を生ずること能はず。陰陽の変化を致して、四時行はれ百物生ずる所以の者は、道を以て之が主と為すなり。故に道の外に陰陽有るに非ざるなり。
-
『弁名』天命帝鬼神宋儒曰く、「生死聚散は、理之が主宰を為す」と。是れ天を知るを以て自負する者なり。仁斎先生曰く、「天地の道は、生有りて死無く、聚有りて散無し。死は便ち生の終り、散は便ち聚の尽くるなり。天地の道は生に一なるが故なり」と。是れも亦た天を知るを以て自負する者なり。夫れ聚有り散有りとする者は、其の説必ず十二元会に至りて極まる。生に一なりとする者は、其の説必ず今日の天地即ち万古の天地なりといふに至りて極まる。是れ皆己の見る所を推して以て己の見ざる所を言ひ、而して人の己を信ぜんことを求むる者なり。夫れ孰か之を信ぜんや。是れ皆自ら聖とする者なり。古聖人を信ぜざる者なり。天を敬せざる者なり。
-
『弁名』天命帝鬼神天は解を待たず。人の皆知る所なり。之を望めば蒼蒼然として、冥冥乎として得て測るべからず。日月星辰焉に繋り、風雨寒暑焉に行はる。万物の命を受くる所にして、百神の宗なる者なり。至尊にして比無く、能く踰えて之に上る者莫し。故に古より聖帝明王、皆天に法りて天下を治め、天道を奉じて以て其の政教を行ふ。是を以て聖人の道、六経の載する所、皆敬天に帰せざる者莫し。是れ聖門の第一義なり。学者先づ斯の義を識りて、而る後に聖人の道得て言ふべきのみ。