呻吟語 / 内篇・應務・泥を拖き水を帶ぶ可からず
實見得是時,便要斬釘截鐵,脫然爽潔,做成一件事,不可拖泥帶水,靠壁倚牆。
新字:実見得是時,便要斬釘截鉄,脫然爽潔,做成一件事,不可拖泥帯水,靠壁倚牆。
書き下し
實に是なるを見得る時は、便ち斬釘截鐵、脫然爽潔にして、一件の事を做し成すを要す。泥を拖き水を帶び、壁に靠り牆に倚る可からず。
現代語訳
本当に正しいと見えた時には、釘を切り鉄を断つように、さっぱりと潔く、一件の事をやり遂げねばなりません。泥を引きずり水を帯び、壁に寄りかかり塀にもたれてはいけません。
解説
決めた後の動き方を、二組の比喩で示します。釘を切り鉄を断つような切れ味と、泥を引きずり壁にもたれる鈍さ。前提として、本当に正しいと見えた時という条件が付いているのが大事で、確かめる前に突き進めという話ではありません。確かめる段では慎重に、決めた後は切れ味よく。前に出てきた、謀りて後断ずという段と同じ配分です。
この章句が説くこと
決断実行切れ味優柔配分
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