呻吟語 / 内篇・問學・為我の念を輕く看る
學者常看得為我之念輕,則欲念自薄,仁心自達。是以為仁工夫曰「克己」,成仁地位曰「無我」。
新字:学者常看得為我之念軽,則欲念自薄,仁心自達。是以為仁工夫曰「克己」,成仁地位曰「無我」。
書き下し
學者常に為我の念を輕く看得ば、則ち欲念自ら薄く、仁心自ら達す。是を以て仁を為すの工夫を「克己」と曰ひ、仁を成すの地位を「無我」と曰ふ。
現代語訳
学ぶ者がいつも自分のためという思いを軽く見られれば、欲の思いは自ずと薄くなり、仁の心は自ずと通ります。だから仁をなす工夫を己に克つと言い、仁を成した位を我が無いと言うのです。
解説
自分のためという思いを軽くすることで、欲が減り仁が通ると説きます。そして工夫の名と到達の名が示されます。克己と無我。前に出てきた、聖学の入口は克己で行き着く先は無我だという段と同じ構図で、ここでは仁という一語を軸に整理されています。工夫と到達に別々の名があることが、道筋を分かりやすくしています。工夫と到達に別々の名があることが、道筋を分かりやすくします。
この章句が説くこと
為我克己無我仁工夫
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