呻吟語 / 内篇・問學・強恕は最も拙き底の學問
強恕是最拙底學問,三近人皆可行,下此無工夫矣。
新字:強恕是最拙底学問,三近人皆可行,下此無工夫矣。
書き下し
強恕は是れ最も拙き底の學問なり。三近は人皆な行ふ可し。此より下れば工夫無し。
現代語訳
努めて思いやるのは、最も不器用な学問です。知に近い好学、仁に近い力行、勇に近い知恥の三つは誰にでも行えます。これより下には工夫がありません。
解説
努めて思いやることを、最も不器用な学問と呼びます。自然にできないから努めるのであって、そこには手際の良さがありません。しかし同時に、誰にでもできる最後の足場でもあります。中庸の三近を並べ、これより下には工夫が無いと言い切るところが要点です。才の無い者にも残された道を示した一段で、不器用でよいから始めよという励ましとして読めます。
この章句が説くこと
強恕三近不器用足場入口
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