呻吟語 / 内篇・問學・平なれば則ち穩なり
恒言平穩二宇極可玩。蓋天下之事,惟平則穩,行險亦有得的,終是不穩。故君子居易。
新字:恒言平穏二宇極可玩。蓋天下之事,惟平則穏,行険亦有得的,終是不穏。故君子居易。
書き下し
恒言の平穩の二字は極めて玩ぶ可し。蓋し天下の事は、惟だ平なれば則ち穩なり。險を行きて亦た得る有るも、終に是れ穩ならず。故に君子は易に居る。
現代語訳
よく使う平穏という二字は、じっくり味わうに足ります。天下の事は、平らであってこそ穏やかです。険しい道を行って得るものがあっても、結局は穏やかではありません。だから君子は平易なところに身を置きます。
解説
平穏という日常語を分解して読み解きます。平らだから穏やか、という因果がその二字に入っている、と。そして険しい道で得たものは、得られても穏やかではないと言います。中庸の、君子は易きに居るという一句に着地する構成で、言葉の中に理屈が埋まっていることを示した一段です。言葉の中に理屈が埋まっていることを示した一段です。
この章句が説くこと
平穏平易険君子言葉
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