呻吟語 / 内篇・問學・平なれば則ち穩なり
恒言平穩二宇極可玩。蓋天下之事,惟平則穩,行險亦有得的,終是不穩。故君子居易。
新字:恒言平穏二宇極可玩。蓋天下之事,惟平則穏,行険亦有得的,終是不穏。故君子居易。
書き下し
恒言の平穩の二字は極めて玩ぶ可し。蓋し天下の事は、惟だ平なれば則ち穩なり。險を行きて亦た得る有るも、終に是れ穩ならず。故に君子は易に居る。
現代語訳
よく使う平穏という二字は、じっくり味わうに足ります。天下の事は、平らであってこそ穏やかです。険しい道を行って得るものがあっても、結局は穏やかではありません。だから君子は平易なところに身を置きます。
解説
平穏という日常語を分解して読み解きます。平らだから穏やか、という因果がその二字に入っている、と。そして険しい道で得たものは、得られても穏やかではないと言います。中庸の、君子は易きに居るという一句に着地する構成で、言葉の中に理屈が埋まっていることを示した一段です。言葉の中に理屈が埋まっていることを示した一段です。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
平穏平易険君子言葉
関連する章句
-
『学則』與平子彬書夫れ辞と言とは同じからず。足下以て一と為す。倭人の陋なり。辞なる者は、言の文なる者なり。言は文ならんことを欲す。故に辞を尚ぶと曰ひ、辞を脩むと曰ひ、文以て言を足すと曰ふ。言何を以て文ならんことを欲する。君子の言なればなり。古の君子は、礼楽を諸を身に得たり。故に辞を脩むる者は、君子の言を学ぶなり。足下の称する所、昌黎以還は、質勝ちて文亡ぶ。豈に以て文と為すに足らんや。是れ它無し。脩辞の道を知らず、乃ち字を積みて句を成す。質なる所以なり。是を野人の言と謂ふ。君子の言に非ざるなり。孟子以後既に是の過有り。論語・左伝・戴記は則ち否らず。足下之を玩ばば自ら見ん。
-
『正法眼蔵随聞記』巻五示して云く、古へに謂ゆる君子の力は牛に勝れり、然あれども牛とあらそはすと、今の学人我が智慧才学人に勝れたりと存するとも、人と諍論を好むことなかれ、亦悪口を以て人を呵噴し、怒目を以て人を見ることなかれ、今時の人多く財をあたへ恩を施せども、瞋恚を現じ、悪口を以て謗言する故に、必ず逆心を起すなり、
-
『酔古堂剣掃』集韻・益語を聞けば金を贈らるるが如し暖語を聞けば纊を挾むが如く、冷語を聞けば冰を飲むが如く、重語を聞けば山を負ふが如く、危語を聞けば卵を壓するが如く、溫語を聞けば玉を佩ぶるが如く、益語を聞けば金を贈らるるが如し。
-
『春秋左氏伝』昭公元年 言を以て物を知る三月、甲辰、盟ふ。楚の公子圍服を設け衛を離ぬ。叔孫穆子曰く、「楚の公子美なり、君なるかな」と。鄭の子皮曰く、「二執戈の者前めり」と。蔡の子家曰く、「蒲宮に前有り、亦た可ならずや」と。楚の伯州犁曰く、「此の行や、辭して之を寡君に假れり」と。鄭の行人揮曰く、「假りて反さざらん」と。伯州犁曰く、「子姑く子皙の背誕せんと欲するを憂へよ」と。子羽曰く、「當璧猶ほ在り。假りて反さずとも、子其れ憂ひ無からんや」と。齊の國子曰く、「吾二子に代りて愍ふ」と。陳の公子招曰く、「憂へずんば何ぞ成らん。二子樂しめり」と。衛の齊子曰く、「苟くも或いは之を知らば、憂ふと雖も何ぞ害あらん」と。宋の合左師曰く、「大國令し、小國共す。吾共するを知るのみ」と。晉の樂王鮒曰く、「小旻の卒章善し。吾之に從はん」と。會より退く。子羽子皮に謂ひて曰く、「叔孫は絞にして婉、宋の左師は簡にして禮、樂王鮒は字しみて敬す。子と子家とは之を持す。皆保世の主なり。齊・衛・陳の大夫は、其れ免れざらんか。國子は人に代りて憂ひ、子招は憂ひを樂しみ、齊子は憂ふと雖も害せずとす。夫れ及ばずして憂ふると、憂ふべくして樂しむと、憂へて害せずとするとは、皆憂ひを取るの道なり。憂ひ必ず之に及ばん。大誓に曰く、『民の欲する所は、天必ず之に從ふ』と。三大夫憂ひを兆す、能く至ること無からんや。言以て物を知るとは、其れ是の謂なり」と。
-
言志四録・言志晩録 第二百六十六条 老人は尤も言を慎むべし老人の話は多く信を取る。尤も宜しく言を慎むべし。
-
『酔古堂剣掃』集法・怒る時の言は多く體を失ふ喜ぶ時の言は多く信を失ひ、怒る時の言は多く體を失ふ。