呻吟語 / 内篇・問學・至教は苟しくも傳へず
故大聲不煩奏,至教不苟傳。
新字:故大声不煩奏,至教不苟伝。
書き下し
故に大聲は奏を煩はさず、至教は苟しくも傳へず。
現代語訳
だから大きな音は繰り返し奏でることを要せず、最上の教えは間に合わせに伝えません。
解説
前の段を受けた短い結びです。大きな音は一度で届くから何度も鳴らさない。同じように、最上の教えは相手かまわず配ったりしない。間に合わせに伝えないという言い方には、伝える相手と時機を選ぶという意味が込められています。教えを惜しむのではなく、価値を保つために配らないという構えです。惜しむのではなく、価値を保つために配らないのです。
この章句が説くこと
教え時機相手価値簡潔
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