呻吟語 / 内篇・問學・經傳に見えざる字
凡字不見經傳,語不根義理,君子不出諸口。
新字:凡字不見経伝,語不根義理,君子不出諸口。
書き下し
凡そ字の經傳に見えず、語の義理に根ざさざるは、君子は諸を口に出ださず。
現代語訳
およそ経書や伝に見えない字、義理に根ざしていない言葉は、君子は口に出しません。
解説
使う言葉に出所の証明を求める一段です。経書に載っているか、義理に根拠があるか。どちらも無い言葉は口にしない、と。流行語や思いつきの造語を避けよという意味に取れますが、厳しすぎるとも言えます。ただ、自分の使っている言葉の出所を問う習慣そのものは、今も有効な検査になるでしょう。自分の言葉の出所を問う習慣は、今も有効な検査です。
この章句が説くこと
言葉出所経伝根拠検査
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