呻吟語 / 内篇・問學・一毫も吾が身と相干涉せざる無し
天地萬物,其情無一毫不與吾身相干涉,其理無一毫不與吾身相發明。
新字:天地万物,其情無一毫不与吾身相干渉,其理無一毫不与吾身相発明。
書き下し
天地萬物は、其の情一毫も吾が身と相干涉せざる無く、其の理一毫も吾が身と相發明せざる無し。
現代語訳
天地万物は、その情において毛ほども自分の身と関わらないものは無く、その理において毛ほども自分の身を照らし出さないものはありません。
解説
万物と自分の関わりを、情と理の二方向で言い切ります。感情の面でも関わり、理屈の面でも自分を照らす。つまり目に入るすべてが学びの材料になるということです。前の段の、場所も時も学ばない瞬間が無いという主張の根拠にあたります。世界の側にすでに関わりがあるのだから、あとは見るかどうかだという構図です。あとは見るかどうかだ、という構図になっています。
この章句が説くこと
万物関わり情理学び
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・應務・理を推して是れ視る時勢を以て理を低昂する者は、眾人なり。理を以て時勢を低昂する者は、賢人なり。理を推して是れ視、低昂する所無き者は、聖人なり。
-
『呻吟語』外篇・品藻・惟だ其の理のみ勢の為す可からずして猶ほ之を為す者有るは、惟だ其の理のみ。此を知らば則ち三仁は五臣と事功を比す可く、孔子は堯・舜と政治を較ぶ可し。
-
『呻吟語』内篇・談道・勢は帝王の權、理は聖人の權公卿朝に爭議するに、天子に命有りと曰へば、則ち屏然として敢へて屈直せず。師儒學に相辯ずるに、孔子に言有りと曰へば、則ち寂然として敢へて異同せず。故に天地の間、惟だ理と勢とを最尊と為す。然りと雖も、理は又尊の尊なり。廟堂の上に理を言へば、則ち天子も勢を以て相奪ふを得ず。即し相奪ふとも、理は則ち常に天下萬世に伸ぶ。故に勢は、帝王の權なり。理は、聖人の權なり。帝王に聖人の理無くんば、則ち其の權時有りて屈す。然らば則ち理なる者は、又勢の恃みて以て存亡を為す所なり。莫大の權を以て僭竊の禁無し。此れ儒者の辭せずして敢へて斯道の南面に任ずる所以なり。
-
『呻吟語』内篇・談道・理一にして氣・勢・利は三なり先天は、理のみ。後天は、氣のみ。天下は、勢のみ。人情は、利のみ。理は一にして、氣・勢・利は三なり。勝負知る可し。
-
『呻吟語』内篇・應務・理を貶せず、又た人を駭かさず君子の事に處するに真見有るも、遽かに行はざるなり。又た眾見を驗し、眾情を察し、諸を理に協へて協ひ、諸を眾情・眾見に協へて協へば、則ち斷じて以て必ず行ふ。果たして理は當然にして、眾情・眾見の協はざるや、又た委曲して以て吾が理を行ふ。既に理を貶せず、又た人を駭かさず。此れを之れ理術と謂ふ。噫、惟だ聖人のみ之を能くす。獵較の類是れなり。
-
『墨子』大取故を以て生じ、理を以て長じ、類を以て行くなり。辭を立てて其の生ずる所に眀らかならざるは、忘なり。今、人、道に非ざれば行く所無し。唯だ强き股肱有るも、道に眀らかならざれば、其の困しむや、立ちて待つ可きなり。夫れ辭は類を以て行く者なり。辭を立てて其の類に眀らかならざれば、則ち必ず困しまん。故に浸滛の辭は、其の類、鼓栗に在り。聖人や、天下の為にするや、其の類、追迷に在り。或いは夀く或いは卒わるも、其の天下を利するや指、若し。其の類、譽石に在り。一日にして百萬生ずるも、愛は厚きを加えず。其の類、惡害に在り。二世を愛するに厚薄有るも、二世を愛するは相い若し。其の類、蛇文に在り。之を愛すること相い若きも、擇びて其の一人を殺す。其の類、阬下の鼠に在り。