呻吟語 / 内篇・問學・工夫は冷清の時に在り
工夫全在冷清時,力量全在濃豔時。
書き下し
工夫は全て冷清の時に在り、力量は全て濃豔の時に在り。
現代語訳
工夫はすべて冷え澄んだ時にあり、力量はすべて華やかで濃い時に現れます。
解説
積む時と試される時を分けます。静かで寂しい時に工夫を積み、華やかで誘いの多い時に力量が試される。両方が揃って初めて意味を持つという構図です。修養の成果が現れるのは、修養していない場面だという見方でもあります。二十字足らずで、日々の過ごし方と本番の関係を言い当てた一段になっています。修養の成果が現れるのは、修養していない場面なのです。
この章句が説くこと
工夫力量静寂華やか試練
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