呻吟語 / 内篇・問學・邪妄の書は之を焚く可し
道理書盡讀,事務書多讀,文章書少讀,閒雜書休讀,邪妄書焚之可也。
新字:道理書尽読,事務書多読,文章書少読,閒雑書休読,邪妄書焚之可也。
書き下し
道理の書は盡く讀み、事務の書は多く讀み、文章の書は少しく讀み、閒雜の書は讀む休め、邪妄の書は之を焚くも可なり。
現代語訳
道理の書は読み尽くし、実務の書は多く読み、文章の書は少し読み、雑多な書は読まず、邪で妄りな書は焼いてしまってもよい。
解説
書物を五段に分け、読む量を指示します。道理は全部、実務は多く、文章は少し、雑書は読まず、邪書は焼く。文章の書を少しと位置づけているのが目を引き、技巧は最小限でよいという判断です。読書量を増やすのではなく配分するという発想で、前に出てきた読書の効き目についての議論と一続きになっています。量を増やすのではなく配分する、という発想の一段です。
この章句が説くこと
読書配分実務文章選別
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