呻吟語 / 内篇・問學・名利を以て之を歆む
勸學者歆之以名利,勸善者歆之以福樣。哀哉!
新字:勧学者歆之以名利,勧善者歆之以福様。哀哉!
書き下し
學を勸むる者は之を歆むに名利を以てし、善を勸むる者は之を歆むに福樣を以てす。哀しいかな。
現代語訳
学問を勧める者は名と利で誘い、善を勧める者は福で誘います。悲しいことです。
解説
勧め方そのものを批判する一段です。学問も善も、それ自体に値打ちがあるはずなのに、名利や福という外の餌で釣っている。効き目はあるでしょうが、釣られた人は餌が無くなれば離れます。哀しいかなという短い嘆きで終わるのが印象的で、そうせざるを得ない現実も同時に含んだ言い方になっています。餌で釣れば、餌が無くなったときに人は離れます。
この章句が説くこと
勧誘名利福動機嘆き
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