呻吟語 / 内篇・問學・三代而下全才無し
扶持資質,全在學問,任是天資近聖,少此二字不得。三代而下無全才,都是負了在天的,欠了在我的,縱做出掀天揭地事業來,仔細看他,多少病痛!
新字:扶持資質,全在学問,任是天資近聖,少此二字不得。三代而下無全才,都是負了在天的,欠了在我的,縦做出掀天掲地事業来,仔細看他,多少病痛!
書き下し
資質を扶持するは、全て學問に在り。天資聖に近きに任すとも、此の二字を少きを得ず。三代而下全才無し。都て是れ天に在る的を負ひ、我に在る的を欠く。縱ひ天を掀げ地を揭ぐる事業を做し出だし來たるも、仔細に他を看れば、多少の病痛あらん。
現代語訳
生まれつきの資質を支えるのは、すべて学問です。天性が聖人に近い者であっても、この二字を欠くことはできません。夏殷周より後には完全な才の持ち主がいません。みな天から授かったものに背き、自分の側で果たすべきものを欠いています。たとえ天を持ち上げ地をめくるような事業を成し遂げても、細かく見ればどれほどの病があることでしょう。
解説
資質と学問の関係を示します。生まれつきがどれほど良くても、学問が支えなければ保たない。そして後の世に完全な才がいない理由を、天から授かったものを活かしきれず、自分の務めを欠いているからだとします。大事業を成した人物でも細かく見れば病だらけだという結びに、評価を甘くしない目が表れています。大事業を成した人物にも甘くない、厳しい目が表れています。
この章句が説くこと
資質学問全才天分欠落
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