呻吟語 / 内篇・問學・古人此般の事に處するは如何
世間事無巨細,都有古人留下底法程。才行一事,便思古人處這般事如何?才處一人,便思古人處這般人如何?至於起居、言動、語默,無不如此,久則古人與稽,而動與道合矣。
新字:世間事無巨細,都有古人留下底法程。才行一事,便思古人処這般事如何?才処一人,便思古人処這般人如何?至於起居、言動、語黙,無不如此,久則古人与稽,而動与道合矣。
書き下し
世間の事は巨細と無く、都て古人の留し下せる底の法程有り。才かに一事を行はば、便ち古人は這般の事に處するは如何と思へ。才かに一人に處せば、便ち古人は這般の人に處するは如何と思へ。起居・言動・語默に至るまで、此の如くならざる無し。久しければ則ち古人と稽ひ、動けば道と合はん。
現代語訳
世の中の事は大小を問わず、みな昔の人が残した手本があります。一つの事を行おうとしたら、昔の人はこういう事にどう処したかと考えなさい。一人と接しようとしたら、昔の人はこういう人にどう接したかと考えなさい。起居も言動も、語ることも黙ることも、すべてこの通りにする。長く続ければ、昔の人と照らし合わさり、動けば道に合うようになります。
解説
古典の使い方を、具体的な手順にして示します。一件ごとに、昔の人ならどうしたかと問う。それを起居から沈黙まで全部に当てはめ、長く続ければ自然と道に合うと言います。読むのではなく照らすという使い方で、前に出てきた、古典は判断の基準になっているかという問いの、実践編にあたる一段です。読むのではなく照らす、という古典の使い方になっています。
この章句が説くこと
古人手本照合日常習慣
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