呻吟語 / 内篇・問學・兩心一個のみ
默契之妙,越過六經千聖,直與天地談,又不須與天交一語,只對越仰觀,兩心一個耳。
新字:黙契之妙,越過六経千聖,直与天地談,又不須与天交一語,只対越仰観,両心一個耳。
書き下し
默契の妙は、六經千聖を越過して、直ちに天地と談ず。又た天と一語を交ふるを須ひず。只だ對越仰觀すれば、兩心一個のみ。
現代語訳
言葉によらず通じ合う妙は、六経や千人の聖人を越えて、じかに天地と語り合います。しかも天と一語も交わす必要がありません。ただ向かい合って仰ぎ観れば、二つの心が一つになるだけです。
解説
言葉を介さない通じ合いを、学問の最上の場面として描きます。六経も聖人も飛び越え、天地と直に向き合う。しかも一語も要らないというところが要点で、学問が書物の外に出る瞬間が示されています。談道篇にあった、言葉で伝えられないものは日々の中を流れているという段と、同じ地平にある一段です。学問が書物の外に出る瞬間を、短く描いた一段です。
この章句が説くこと
黙契天地無言経書超越
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