呻吟語 / 内篇・問學・人人我心を去れば
只人人去了我心,便是天清地寧世界。
書き下し
只だ人人我心を去れば、便ち是れ天清く地寧き世界なり。
現代語訳
ただ一人一人が我の心を取り去れば、それで天は澄み地は安らかな世界になります。
解説
談道篇にも似た句がありましたが、ここではさらに簡潔です。制度でも法でもなく、一人一人の我が消えれば世界が変わる。実現は難しくても、原因の所在をはっきりさせる働きがあります。前に出てきた、めいめいが自分を責めれば天は澄むという段と同じ構図で、変化の起点を常に個人に置くのがこの書の一貫した立場です。変化の起点を常に個人に置くのが、この書の一貫した立場です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
我無私世界起点個人
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