呻吟語 / 内篇・問學・人人我心を去れば
只人人去了我心,便是天清地寧世界。
書き下し
只だ人人我心を去れば、便ち是れ天清く地寧き世界なり。
現代語訳
ただ一人一人が我の心を取り去れば、それで天は澄み地は安らかな世界になります。
解説
談道篇にも似た句がありましたが、ここではさらに簡潔です。制度でも法でもなく、一人一人の我が消えれば世界が変わる。実現は難しくても、原因の所在をはっきりさせる働きがあります。前に出てきた、めいめいが自分を責めれば天は澄むという段と同じ構図で、変化の起点を常に個人に置くのがこの書の一貫した立場です。変化の起点を常に個人に置くのが、この書の一貫した立場です。
この章句が説くこと
我無私世界起点個人
関連する章句
-
『墨子』兼愛下泰誓に曰く、「文王は日の若く月の若く乍ち照らし、四方に光り、西土に于てす」と。即ち此れ文王の天下を兼愛するの博大なるを言うなり。之を譬うるに日月の兼ねて天下を照らして私有ること無きがごとし。即ち此れ文王の兼なり。子墨子の謂う所の兼なる者と雖も、文王に於て法を取れり。
-
論語・公冶長篇子曰わく、吾未だ剛なる者を見ず。或る人対えて曰わく、申棖。子曰わく、棖は慾あり。焉んぞ剛ならんや。
-
説苑・貴德楚王荘辛に問ひて曰く、「君子の行ひは奈何」と。荘辛対へて曰く、「居るに垣牆を為さざるも、人能く毀傷すること莫し。行くに周衛に従はざるも、人能く君を暴すること莫し。此れ君子の行ひなり」と。楚王復た君子の富は奈何と問ふ。対へて曰く、「君子の富は、人に貸すも徳とせず、責めざるなり。其の飲食を人に食はしむるも使はず、役せざるなり。親戚之を愛し、衆人之を喜び、不肖なる者すら之に事ふ。皆其の寿楽にして患に傷まざらんことを欲す。此れ君子の富なり」と。楚王善しと曰ふ。
-
孟子・盡心章句下孟子曰く、「堯・舜は性のままなる者なり。湯・武は之に反るなり。動容周旋、禮に中る者は、盛德の至りなり。死を哭して哀しむは、生者の為に非ざるなり。經德回ならざるは、以て禄を干むるに非ざるなり。言語必ず信なるは、以て行いを正すに非ざるなり。君子は法を行いて、以て命を俟つのみ。」
-
老子・第34章大道は汎たり、其れ左右すべし。万物は之を恃みて以て生ずるも辞せず、功成りて有せず。万物を衣養して主と為らず、常に無欲、小に名づくべし。万物焉に帰して主と為らず、名づけて大と為すべし。其の終に自ら大と為さざるを以て、故に能く其の大を成す。
-
論語・里仁篇子曰わく、士は道に志す。なのに粗衣粗食を恥じる者とは、語るに足らない。