呻吟語 / 内篇・問學・噴葉の學問、洗面の工夫
不由心上做出,此是噴葉學問;不在獨中慎超,此是洗面工夫,成得甚事。
新字:不由心上做出,此是噴葉学問;不在独中慎超,此是洗面工夫,成得甚事。
書き下し
心上より做し出でざるは、此れは是れ噴葉の學問なり。獨中に慎超せざるは、此れは是れ洗面の工夫なり。甚の事をか成し得ん。
現代語訳
心の上から出てこないのは、葉に水を吹きかけるだけの学問です。独りの中で慎み越えないのは、顔を洗うだけの工夫です。それで何が成るでしょうか。
解説
二つの比喩で、表面だけの努力を切り捨てます。葉に水を吹きかけても根は潤わず、顔を洗っても中は変わらない。どちらも手応えがあるぶん、やった気になりやすい作業です。心から出ているか、独りの時に働いているか。この二つが判定の基準になっており、外から見える努力の量では測れないと示されています。外から見える努力の量では測れない、ということでもあります。
この章句が説くこと
表面根慎独学問判定
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