呻吟語 / 内篇・問學・真假を辨ずるは一種の大學問
能辨真假是一種大學問。世之所抵死奔走者,皆假也。萬古惟有真之一字磨滅不了,蓋藏不了。此鬼神之所把握,風雷之所呵護;天地無此不能發育,聖人無此不能參贊;朽腐得此可為神奇,鳥獸得此可為精怪。道也者,道此也;學也者,學此也。
新字:能弁真仮是一種大学問。世之所抵死奔走者,皆仮也。万古惟有真之一字磨滅不了,蓋蔵不了。此鬼神之所把握,風雷之所呵護;天地無此不能発育,聖人無此不能参賛;朽腐得此可為神奇,鳥獣得此可為精怪。道也者,道此也;学也者,学此也。
書き下し
真假を辨ずるは是れ一種の大學問なり。世の抵死奔走する所の者は、皆な假なり。萬古惟だ真の一字のみ磨滅し了はらず、蓋藏し了はらず。蓋し鬼神の把握する所、風雷の呵護する所なり。天地は此れ無ければ發育する能はず、聖人は此れ無ければ參贊する能はず。朽腐も此れを得れば神奇と為る可く、鳥獸も此れを得れば精怪と為る可し。道なる者は、此れを道ふなり。學なる者は、此れを學ぶなり。
現代語訳
真と偽を見分けることは、一つの大きな学問です。世の人が死ぬ気で駆け回っているものは、みな偽物です。万古を通じてただ真の一字だけが磨り減らず、覆い隠せません。鬼神が握り、風雷が守るものだからです。天地はこれが無ければ育てられず、聖人はこれが無ければ天地の働きを助けられません。朽ちた物もこれを得れば神々しくなり、鳥獣もこれを得れば霊妙になります。道とはこれを語ることであり、学とはこれを学ぶことです。
解説
真偽を見分けることを、一つの学問として立てます。そして世の人が必死に追っているものはみな偽物だと切り捨てる。真の一字だけが磨り減らず隠せないという言い方に、この書の価値観が集約されています。道も学も結局これを扱うものだとされ、真という一字が全体の中心に据えられた一段になっています。真という一字が、この書全体の中心に据えられています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
真偽学問真実価値中心
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